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インクルーシブ教育への道ステップ0

昨日、この本を読みました。

みんなが主人公の学校―学校はみんなでつくる場所 (ドキュメント・ユニバーサルデザイン)

(かわいらしい表紙なのに、画像がなくて残念)

小学校高学年から中高生ぐらいを対象としている本ですが、先生方にもぜひお勧めしたいと思います。

紹介されているのは、

外国人のアイデンティティを大切にしながら日本語を教える新宿区立大久保小学校の日本語国際学級、日本初の手話で授業をするろう学校 私立明晴学園、不登校経験者のための学校 東京シューレ葛飾中学校、そしてディスレクシア当事者の南雲明彦さんの経験・・・などなど。

こうした「新しい取り組み」の背景には、これまでの学校教育の中で理解されずつらい思いをしてきた子どもたちの存在があり、特別支援教育を含めた今後の学校教育のあり方に課題を突きつけているとも言えます。

ところで、この本の著者は私の知人である新聞記者なのですが、「あとがき」を読んでクラッとしてしまいました。

著者が障害児教育の取材を始めるきっかけとなった「14年前のある日」のことが書かれていて、その日、その場所にいた私は、社会人1年目の小生意気な新人でした。

あれから14年もたっているとは・・・。

当時、私の中の「自閉症」のイメージは、知的障害を伴い、言葉を上手に話せなかったり、オウム返しや単語程度のやり取りしかできない子どもたち、つまり今で言う「カナータイプ」の自閉っ子しかありませんでした。

もちろん、知識として「高機能自閉症」や「アスペルガー症候群」という言葉は知っていたけれど、本をすらすら読めるのに質問にはとんちんかんな答えを返す小学生のAちゃんや、頭脳明晰で膨大な知識量をもつのに人とのかかわりでトラブルばかり起こしていた高校生のBくんなどなど、目の前にいる子どもたちと「自閉症」が実感として結びついたのは、それから何年もたってからでした。

ADHDのことも、14年前は知りませんでした。しばらくしてテレビの特集で見たADHDの子どもたちは、学校で授業中に教室を出て行ったり机の上に乗って騒いだりする「学級崩壊の一因」として取り上げられていました。

当時「LD」という概念も今思えばかなり混乱していて、ADHDや高機能の自閉症の子どもたちまで含まれてしまっていたり、勉強についてこられない子どもはみんなLD?みたいな雰囲気さえあったように思います。

十数年の間に、発達障害者支援法ができ、特別支援教育が始まり、・・・時代は大きく動きました。

さて、いま、あなたは、あなたの学校は、どこまで歩みを進めましたか?

私たちが何も知らなかった時代は、理解されない子どもたちにとっては苦難の時代でした。

いま、教師も学校も少しずつ、変わろうとしています。

歩み始めたばかりの学校もあれば、先を行く教師たちの実践もあるでしょう。

目指すゴールは、教育のインクルージョン。

久々に、連載形式で記事をアップしていきたいと思います。

ご一緒に、来た道を振り返り、そして行く道を見通してみませんか?

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