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Yくんの言葉
それなりに長いことこの仕事をやっているので、長い付き合いの教え子たちもいます。
Yくんは、初めて会った時はまだ6歳の小さな男の子だったのに、現在は高校生。
彼はダウン症。親御さんのお考えあって、就学猶予で小学校入学を1年遅らせ(※これって、かなり珍しいケースだと思います。きっと、教育委員会に認めさせるのも簡単ではなかったでしょう・・・)、小学校は通常級で過ごしました。中学は、親御さんはそのまま通常級を考えていたのですが、本人の希望で支援級に。
ただ、知的障害がありながらも、6年間通常学級で学んだYくんにとって、中学校の支援級の学習は、本人曰く「簡単すぎてつまらない」ものでした。
なので、私のお仕事は、小学校時代は、学校の勉強についていくための算数(と少し国語)のフォローを、中学に入ってからは、学習意欲を満たし、より彼の力を伸ばすため、支援級では使っていない普通の中学数学の教科書を使って教えてきました。とはいえ、週1回の個別指導なので、進められたのは3年間かけて中2の半分とちょっとまで。
そして、高校進学時。Yくんは、「軽度の知的障害」の生徒のための養護学校に「落ち」て(こういう妙な現象が起こっているのは、東京だけですか?)、別の養護学校も選択肢の一つには入っていたのですが、そこには行かず、
最終的に、某サポート校に入学しました。
さぁ、たいへん。
なにしろ、中学の数学半分までしか勉強していないのに、いきなり高校数学をやることになったYくん。いえ、数学だけじゃなく、もちろん他の教科もあるわけで・・・・テスト前に猛勉強しても、赤点、追試・・・・。実は教える私のほうも、高校時代には数学で赤点を取ったことがある数学嫌いなものだから、「数Ⅰ」や「数A」の教科書を前に、毎回冷や汗ものです。
しかも、Yくん、入学と同時に卓球部に入り、これがまた練習だ、試合だと大忙し。疲れきって「先生、ごめん。今日は休ませて・・・・練習でヘトヘト」と、個別指導を休んだことも。
毎日の授業に、テストに、部活に、そして学校行事・・・・。高校生もたいへんだよなぁ。彼、きついだろうなぁ・・・・と思っていたので、
「Yくん、お母さんが夏休みに追加授業をしてほしいって言ってたけど、どうする?」
と、本人の意向を確かめるために聞いてみました。あまり無理をさせてもいけないと思って。
すると、
「あ、ぜひ、おねがいします」
と、Yくん。「本当に?」と念を押すと、
「先生。ぼくね、今、勉強が楽しくて楽しくてしかたないんだよ」
私、涙が出そうになっちゃいました。
思えば、小学校時代、学校の勉強についていくのは大変でした。それを支えるための私の教室ですが、Yくんは宿題を出されるのがイヤで、つい「解答」を丸写ししてきたこともありました。あのとき、普段の私ではありえないほど厳しく叱ったのを、きっとYくんも忘れていないと思います。
「できないことやわからないことは、恥ずかしいことじゃない。でも、バレなきゃいいと思って先生をだまそうとしたことは、すっごく卑怯だし、わからない問題を答えを写して逃げたたら、きみはこの問題を一生できるようにならないんだよ!」 と。
人並みに反抗期もあったし、「僕なんか死んじゃってもいい」と自信をなくしていた時期もありました。正負の数の計算が、なかなかできるようにならなくて、「な~んで同じ間違いをここまで何度もするかなー」と、私がイラついたこともありました。
そんなこんなを乗り越えて、「勉強が楽しい」というYくん。ありがとう。教師冥利に尽きます。
試験勉強も部活も、障害のある彼にはキツイだろうなと、勝手に思い込んでいたのです。でも、実は違った。Yくんは、そのキツさを「充実している」と感じている。そういえば、私の高校時代もそうだったっけ。こういうのを、青春って言うんだった。
よく昔、人から言われることがありました。「連立方程式や二次関数なんて、大人になったら使わないじゃん。まして障害を持つ子が将来自立して働くために、そんなもの必要?」って。
学ぶって、そういうことじゃないんだと思います。どんな知識が要るか要らないかは、教える人間が選ぶことではなくて、学ぶ力をどう育てるか、が私は大事だと思う
知らないことを知ろうとする力、わからないことを理解しようとする力、目の前にある問題を解決しようとする力、・・・・知識が直接何かの役に立つか立たないかではなく、学ぶ力そのものが、生きていく力につながっていくんです。だから、どんな学びも決して無駄なんかじゃない。
もちろん、Yくんには、高校を卒業したあとの選択も、それはそれで厳しいものが待ち受けているだろうと容易に想像できます。就職ということを念頭に置けば、養護学校に行っていた方がラクだったかもしれない。
だけど、きっとそれも、乗り越えていける・・・・・そんな気がするのです。
通常級か支援級か、あるいは養護学校か。どこの学校がいいとか悪いとか、そんなこと私は絶対に言えません。
大切なのは、自分自身が納得して選び取った道であること。そして、どんな場であれ、楽しく充実した日々が送れること。そして、努力し何かを成し遂げる経験ができること。
Yくんを見て、そう確信したこの頃です。
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