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子どもの「暴言」に真っ向対決しない。(3)
「暴言」などの表面的な行為と対決するのではなく、背景にあるものと向き合わなければ、と思います。
でも、「なんでそんなこと言うの?」と当人に尋ねたところで、本当の理由を話してくれることは、まずないでしょう。わからないから、うまく話せないから、「うるせー!」なのですよね。
だから、察してあげられるかどうか、にかかっているような気がします。大人の「思い込み」ではなく、日頃からの観察と、正しい知識に裏付けられた想像力を総動員して。その子が本当は何に困っているのか、本当は何を心配しているのか、本当は何がイヤなのか、ピタリ当てられたら、きっと子どもにも伝わります。「僕のこと見ていてくれてるんだ」「私のこと、わかってくれてるんだ」と。大げさなことではなくても。
前回の例で続けましょうか。「今日はこれをやるよ」と伝えたら、「やだ!」と返ってきた時、「なんで?」と聞いてあげて、もしも「だって~~なんだもん」と理由を話してくれれば、そこから交渉の余地が出てきます。一方的な説得ではなく、子どもの言い分も聞いたうえでの「交渉」。それがコミュニケーション力を育む基本ではないでしょうか?
でも「やだ!」を通り越して、いきなり「うるせー、ばか」だったら?
「対決しない」と強調していますが、もちろん、「暴言」を良しとするつもりはありません。「そういう言葉には応じません」という毅然とした態度で「乱暴な言葉は認めない。人を傷つける言葉は許さない」というオーラだけは放ちつつ、さらっと、淡々と、静かに応じたいものです。踏み込むのはその裏側。「暴言」の背景にある子どもの気持ちに向き合い、寄り添う・・・・。(namiママさんのブログで最近キーワードになっている「母性と父性のバランス」って、うまく言い当ててるなあと思いますね)
「やだ!」あるいは、その展開形「うるせー、ばか」の背景は?と探ってみましょう。
○この子にはちょっと難しい課題だな。だからイヤなのかな?・・・・と見当をつけたなら、「だいじょうぶ。これちょっと難しいかもしれないけど、先生がゆっくり教えながら一緒にやるから、できるよ」と言ってみる。それで「一緒にやって課題をこなせた」という成功体験を得られれば、その子は一つ獲得するでしょう。「難しいかも、自分にはできないかも」という課題を渡されたときに、「うるせー、ばか」ではなく、「わかんないから、教えて」とか「難しい問題はとばして、あとで先生とやってもいい?」という言葉を。
○なんかいつもより疲れてるのかな?眠そうだし。・・・・と気づいたなら、「今日プールがあったの?」ときいてみる。理由を子どもに確かめることができれば、お互いに納得の上で「それで疲れてるんだね。じゃあ、今日は半分だけにしておこうか」と妥協できるでしょう。その子はまた一つ獲得するでしょう。疲れていてがんばれないとき、気分がのらないとき、「うるせー、ばか」ではなく、「今日は運動会の練習でくたくたなんだ」とか「こんなにたくさん、無理だよ。少し減らしてくれない?」という言葉を。
理由を聞いてもらえる。察してもらえる→「~~なのかな?」「だったら、こう言おうね」と、暴言に代わる適切な言い方をモデルとして示される→その言い方を、その子が実践してみる→本人にとっていい結果をもたらす→その子の言葉として取り込まれていく。
そんな好循環を作っていきたいのです。
自分の心に余裕がないとできませんね。
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