子どもの「暴言」に真っ向対決しない。(2)|アンダンテ西荻教育研究所・アンダンテプリモ

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子どもの「暴言」に真っ向対決しない。(2)

前回の続きです。

「暴言」と対決しない、というのは、語弊があるかなぁとも思います。要するに、謝らせることや『馬鹿』『死ね』と言わないと約束させること以上に、「もっと適切な言い方があるよ」って教えてあげたいのです。

私も、そういう場面によくぶつかります。

たとえば、「今日はこれをやるよ」と伝えたときに、子どもから反射的に返ってくる「やだよ。やんない!」という言葉。

自分に余裕があるときは、「どうして?」ときいたり、理由を推し量ってあげたりできるのですが、そうでないときは「『やだ』なんて言わないの!」「もう決まってるのよ。いいからやりましょ」と、ごり押ししてしまいます。それが、子どもの口から乱暴な言葉を引き出してしまっていることも少なくない気がするのです。

私たち大人は知らず知らずのうちに、子どもを力で(物理的な暴力とは限りません。言葉で打ち負かすことも含めて)押さえつけてしまいがちです。気分が乗らないのに無理強いしたり、自信が無くて不安でいることに気づかずぐいぐい引っ張ろうとしたり、ほんとは疲れているのに頑張らせてしまったり。

でも、「やだ」という言葉が通用しないと学習してしまった子どもは、もっと強い言葉で対抗してくるかもしれません。相手が反応したり、ひるんだりして何かしらの「効果」があれば、その言葉はその子のなかに「有用な手段」として取り込まれていくでしょう。

 「やだ」といっても「やだじゃないの!」と言われる。

 「うるせー、ばか!」と言ってみる。相手によっては、勝つかもしれません。

 「やだ」は効果がなく、「うるせー、ばか!」はちょっぴり効果を得たとすれば

 その子の拒否の言葉は「やだ」から「うるせー、ばか!」にすり替わってしまうでしょう。

 でも、それを押さえ込むために大人が強く叱り続ければ

 子どもは、よりいっそう強い言葉で対抗しようとするかもしれません。

 相手をひるませるような、黙らせるような、従わせられるような言葉を求めて。

 言葉が乱暴で過激になるほど、もっと叱られるにもかかわらず。

 場合によっては、「叱られる」ことじたいが、

 その子の目的を果たしてしまっていることもありえます。

 「自分の方を見てほしい」という思いが、ゆがんだ形であれ叶っているのかも。

 あるいは「それならやらなくていい!」と叱られて、

 やりたくないことを、とりあえずその場では回避できているかも。

 あとでもっと嫌な思いをすることまでは思い至らずに。

「暴言」に対して大人側が応酬してしまうのは、だから避けたいのです。

そこで、どうしたらいいかという話は次回に考えましょう。

まとめきる自信がないまま書いているので、不安いっぱいですが・・・・。

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