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「学習なんて、大事かぁ?」と言われて・・・・

「次は学習面の支援」と予告したら、アクセス数はじわじわと増え、ランキングも3位圏内に、さらには「待ってました」のコメント続々・・・・えらくプレッシャーを感じています。

説得力のある記事を書けるか、少々自信がないのには、わけがあります。

「いまの私の関心事は、学習支援! 学習のメカニズムを先生たちと一緒に勉強して、先生の教え方の幅が広がれば、学習に躓いている子どもたちが救われる!」と息巻いていたら、

ある人は、こう言いました。

「学習なんて、そんな大事かぁ? 何も、みんながみんな勉強できへんかって、ええんと違うん?」

勉強できるできないより、社会性とかのほうが、生きていく上ではずっと大事ではないか、というのがその人の言い分でした。

また別のある人は、こう言いました。

「ある子の学び方と、その子の担任の教え方が、たまたま合わないということもあるだろう。そんなの仕方がないじゃないか」

つまり、先生の教え方がいいとか悪いとかではなく、要は自分で努力することが勉強の本質だと、その人は言いたかったのだとと思います。

もし、まるで知らない誰かに言われたのだったら、「ちっ、わかってないな・・・」と心の中で舌打ちして、軽く受け流していたかもしれません。

でも、どちらも10年、15年の長~いお付き合いがあり、私が自分の仕事についてよく話をする数少ない理解者で、さらにはどちらも2児3児のパパさんです。まぁ、だからこそ忌憚のない意見をぶつけてきてくれる貴重な存在なのですが。

もし、私が今よりもう少し若い頃だったら、テーブルを叩いてムキになって噛み付いていたかもしれません。あるいは、もし私も以前のようにビールを飲んでいたら、管を巻くように終わらない議論を吹っかけていたかもしれません。

でも実際は、私はウーロン茶をすすりながら、「うーん」と考え込んでしまったわけです。

これぞまさに、学習に躓いている子どもたちにとっての大きな壁なのではないか、と。

ひとつは、「学習」=「勉強ができる・できない」=「テストができる・できない」=「成績がいい・悪い」というイメージ。テストの点や成績などの数字に一喜一憂する一部の風潮がある一方で、逆に「成績や学歴で人格を判断するな!」的なアンチテーゼもまた存在します。そういう次元で「学習」を捉えている方々に「学習支援の必要性」などと話しても、何かかみ合わない感覚が残ります。

もうひとつは、「学習」=自身の努力が第一という日本人的美徳とでもいえそうな感覚。もちろん、本人ががんばることも欠かせないわけですが、がんばってもがんばってもなかなか成果を出せない子の存在を知る者には、これほど酷な話はないだろうなぁと思います。どんな教え方が良いとか正しいとか言いたいのではなく、子どもたちは一人ひとり違うということを念頭において、先生には個々の学び方に対しての良きアドバイザーでありナビゲータであってほしい・・・そんな風に願うのですが。

前に勤めていた職場で、案内リーフレットを作るときに、好んでこのフレーズを使っていました。

<「できた!」「わかった!」というときの喜びは、どの子も同じ。>

「学習支援」に携わる私の原点です。そして、なぜ「学習」が大切なのかといえば、「あ、わかった!」「やった、できた!」という感覚は誰にとっても魔法のような威力をもっているからです。

あれ?学校の先生にこんな話、釈迦に説法ですね。・・・・といいつつ、次回に続きます。

本題に入るまで、道のり長そうです。。。。挫折しないよう応援よろしくお願いします。

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