課題に子どもを合わせるのではなく、「子どもに課題を合わせる」ということ。②|アンダンテ西荻教育研究所・アンダンテプリモ

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課題に子どもを合わせるのではなく、「子どもに課題を合わせる」ということ。②

前回の続きなんですが、なんか反応がいまいちなので、気が変わりました。

うちの個別指導でのできごとを例に取ったので、学校の先生方にはピンと来なかったのか、また「自分には関係ない」と思われたのか・・・・。

わかってもらえないのなら、出し方をかえるべし。ええ、それがまさに今回のテーマですから。

例をかえます。学校の話にしましょう。うんと具体的にいきましょう。(少々自棄?)

ある小学校のある学級、1学期に行ったときはウロウロ立ち歩いていた自閉っ子のJくんが、なんと、ずっと着席して授業に参加しているではないですか。担任の先生が、たくさんの工夫や配慮を重ね、さらには周囲の子を育てることにも心を配っていらっしゃった成果に違いありません。

さて、その時間は国語で「なかまの漢字」を書いていくという課題をやっていて、子どもたちはこんなプリントに取り組んでいました。

Workseat1

Jくんは、はじめ隣の子や後ろの子の書いたものを強引に覗きこんで、写していました。でも、しばらくすると「あ、そういうことか」と気づいたらしく、途中から自分でどんどん書いていきました。その様子をみて私が思ったのは、「あ~、Jくんは『何を書くのか』がわからなかったのね。でも、それがわかれば、全部書けるのね」。

ここが、こういう子たちのビミョウなところなのでしょう。一見「わかっていない」「できない」だから「限界」「通常級では無理」と思われがちなのですが、本当はちょっとした配慮が必要なだけの場合が多々あります。で、じゃあ、介助員をつければいいか、というと、場合によりけりですし、それだけでは解決になりません。介助員が付っきりでいないとできない、というままでは、一向に「できる」ようにはならないし、自立の妨げにもなります。しかも実はこのときたまたま、Jくんには介助がついていました。でも、自閉っ子の「視覚>聴覚」の特性のせいもあるのでしょう、Jくんの意識は介助の先生の助言よりも、「隣の子のを見る」という手段の方に、自然と傾くようでした。

それにしても、まあ、隣の子のを見て書くという形であっても、かつてウロウロするばかりだったJくんが授業に参加し課題に取り組んでいるのですから、すごいことです。これでよしとしても、全然問題なかったのですが、私の中でムクムクと「欲」が出てきてしまいました。

この先生なら、次のステップを提案してみてもいいかも。

そう確信して、こんな話をしました。

この既成のプリントは、ほとんどの子にとっては難なくできるワークシートなのですが、Jくんのようなタイプのお子さんには、何を問われているのか、何をしなければいけないのかがわかりにくいと思います。そのためJくんは、ここで問われていることに答える能力は持っているにもかかわらず、それを発揮でないでいた・・・・という見方ができます。そこで、私だったらこのワークシートをこんな風に作り変えてみたらどうかな~、なんて考えたりするんですが、いかがでしょう?

Workseat2

(写真は、私がいま即興で作ったもの。もっと工夫の余地は残ってます)

その先生は、私の言いたいことをピピッと理解してくださいました。「わかるんですけど、なかなかね・・・・」と苦笑いもされていました。

ええもちろん、私の提案はあくまでもJくんを中心に据えたときの考え方によるもので、クラスの他の子たちとの兼ね合いも考えると、それがベスト言い切ることはできません。また、先生に時間的な余裕があるかとか、その時何を教えようとしているかによって、優先順位も変わってくると思います。

でも、「子どもに課題を合わせる」ことは、要するに「どう教えたらその子にわかるか」を考えること。あの先生ならきっと、次に会うときまでに、また何か新しい工夫をしてくださるんじゃないかと、密かに期待しています。

せっかくですので、もう一つ、学校での具体例で、「子どもに課題を合わせる」③に続けましょう。

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